やりたくないことはやらなくてよし。

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迷惑がかからない程度にふてぶてしく生きよう

アダルトチルドレンのわたしが思う世の中の生きづらさ

handshake

アダルトチルドレン」という言葉を、皆さんご存知でしょうか。

 

アダルトチルドレン(Adult Children)とは、「機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなおトラウマを持つ」という考え方、現象、または人のことを指す。頭文字を取り、単にACともいう[1][2]。元来は、Adult Children of Alcoholics(アルコール常用者の子供で成人した者)、ACOA、ACAと呼ばれ、親がアルコール依存症者の家庭で育った子供の問題を扱う用語だった。なお、英語圏で単に「アダルトチルドレン」という場合、成人した(続け柄上の)子供を指す。

Wikipedia:アダルトチルドレンウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典』
最終更新 2018年8月18日 (土) 02:22、URL: http://ja.wikipedia.org
 

 

 わたしは最近まで知りませんでした。

 

ここでいう機能不全家族とは、親がアルコール依存症であったり、

DV・虐待等で子供に影響を与えてきた家族のことを言います。

 

アダルトチルドレンとは上の引用にもあるとおり、海外では「アルコール依存症の親の子供」といった定義で言われています。またHSPHighly sensitive person)といった言葉で表されていることもよくあります。

アダルトチルドレンは病名ではありません。あくまで自己認知の中での用語です。

 

わたしなりの解釈ですが、

アダルトチルドレンとは、いわば

大人の考え方を持って育ってきてしまった子供」であり、

 (ちゃんとしないと叱られるという先入観のもと大人っぽく振る舞うことを自然と強いられたり、他人の顔色を伺って行動したり、親を喜ばせるために頑張りすぎてしまったり etc)

 

そして、

子供のころのトラウマが原因で、現在の精神状態が歪んでしまっている大人

のことを指すのではないかと考えております。

 

 

わたしはアダルトチルドレンです

このことを記事にするか迷いましたが、

自分の認知を整理するためにも書いてみようと思ったため、書きます。

 

わたしはアダルトチルドレンです。

 

気がついたのはつい最近で、

今までなんとなく聞いたことがある用語ではありましたが、

ピーターパン症候群の別名なのかと勝手に勘違いしていました。

 

家庭環境

わたしはアルコール依存症の親のもとで育ち、暴力沙汰など頻繁に家庭内で起こっていました。両親は当然ながら離婚し、片親家庭で今まで育ってきました。数年前に、兄弟が自殺し、自分自身も慢性的な鬱病を抱えながら生きています。

 

ごく一部の親しい友人にはこのことを伝えてありますが、ほんの一握りです。

 

だいたいこういう話をすると

あ、嫌な話させてごめん・・・!」と言われるんですよね。

 

いやいや嫌な話も何も

わたしがどう生まれ育ってきたかっていう一般的な話題ですから。

 

ケロッと話しているのを不気味がられることすらあります。

 

いつからかそんな反応を見るのがうんざりしてしまって、

今では聞かれないかぎり自分からこの話はしない、と決めています。

 

なぜアダルトチルドレンだと思ったのか?

まずは家庭環境という要因が大きいでしょう。

 

しかし、今の今までわたしは

 

「アル中の親のもとで育ったからって関係ない!

 わたしは他の人と同じ健康的な一般女性(?)なんだ!」

 

と思い込むようにしていました。

 

学生時代も数々の黒歴史を生み出してきましたが、

 

そのときも

「いま自分は思春期の真っただ中なんだ。気楽にいこう。」

と子供ながらに思っていました。

 

そんな中、事件は訪れます。

 

お恥ずかしいのですが、

わたしが気づいた一番のきっかけは

職場の上司と喧嘩してしまったことでした。

 

ただ今思うと本当にしょう〜〜もない内容なんですよね・・・。

社会人として一番ダメなやつやんけ、と呆れられる方もいらっしゃると思います。

まあ書いていきますか。

 

中途採用で入った今の会社ですが、入社当時から支えてくれていたチューターの存在があったことで懸命にがんばってきました。しかし、仕事をだんだんと覚えてきて波に乗っていた頃、わたしはふと気づいてしまったんです。

 

「チューターの先輩が全然仕事しない」

ということに・・・ 

 

忙しくもなんでもないときはいいのですが、こちらが残業してる中となりでのんきにア◯ゾンを延々と見ている先輩に嫌気がさしてとうとう本人に直接言ってしまったんですよね。積もりに積もったイライラが、プツンと音をたてて溢れていってしまいました。

 

それ以来、わたしはその先輩と口を聞くことがなくなってしまいました。

 

自分でしでかしたことではあったのですが、ひどく落ち込みました。

 

「どうしてこんなにも周りの人の行動が気になってしょうがないのだろう?」

「どうしてこんなにも子供のようにキレてしまったり、自分のコントロールがきかないのだろう?」と。

 

まずはこの要因を知るべく心療内科へ行きました。

 

しかしそこでの診断は

「単なる自律神経の乱れだと思いますよ」

ということでした。

 

違う!違うんだ! いや違わないけど!

そうじゃなくて、もっと根本的なことが知りたいんだわたしは!

 

そう思ったわたしはインターネットで

くまなく自分の症状(というか性格)について調べました。

 

そこでいきついた答えがアダルトチルドレンでした。

 

認知の歪みについて

アダルトチルドレンという言葉と出会ったとき、

わたしは涙が止まりませんでした。

 

それは悲しいから出る涙ではありません。

安心から出る涙だったのです。

 

お父さん・お母さん・兄弟と

当たり前のように暮らしている友達をうらやましく思ったり、

 

のんきでマイペースな同期にイライラしたり、

 

先輩と衝突してしまったり、

 

「片親家庭だからなめられたくない」

という思いで競争ごとは常に一番を目指したり、

 

テストは毎回100点でなければ意味がないと思っていたり、

 

 

そういった認知の歪みをすべてひっくるめて

「本当のわたし」

というものを認めてもらえた気がしたんです。

 

同じように悩んでいる方へ

わたしは自分をアダルトチルドレンだと認めたことで肩の力がスッと楽になりました。

 

今までは

「だれかのせいにしてはいけない」

「きっと生まれながらにこういった性格なんだ」

「ちょっと気が短かったり、神経質なだけ」

「もっと世渡り上手にならなければ」

というふうにずっと思っていました。

 

同じように考えている方もいらっしゃるかもしれません。

 

しかし、

 

必要以上に自分をよく見せようと頑張りすぎてはいませんか?

 

ときには、誰かのせいにしてもいいんです。

 

もう十分と言っていいほど自分ひとりで抱えこんできたんですから。

 

そしてわたしは今まで自己嫌悪してばかりの悲観的な人生を送ってきいましたが、

アダルトチルドレンという名前をつけられてからは、

「なるほど!そういう仕組みだったのか!そりゃ認知の歪みが起こるのもしょうがないか」と前向きになり、自分を好きになることができました。

 

わたしと同じように、認めてしまえば意外と考え方が変わるという方もいらっしゃると思います。

 

将来のこと

自分の性格と向き合って、

少しずつですが、

認知の歪みを直していきたいなと思います。

 

心療内科に通ったり、

カウンセリングへ行ったりすることも大事ですが、

自分の頭で自分とはどういった人間なのか

客観的に見ることができるようになりたいです。

 

まず今のところ認知療法についての本を買いこんでは読んでいます。

読み終えたらレビュー等通して、また考えたことを書きたいと思います。

 

では。